ホームシック?≪八月二十二日≫ -壱-日曜日の今日は、我々も完全休養日。 宿を一歩も出ず。 11:00頃、ベッドから起き出す。 昼食を取った後も、また昼寝をしたり(疲れてんのかな?)仲間と雑 談をして過ごすことになる。 ラジオから流れる英語の唄に聞き入る。 ポン引き 「だんな!女は??」 俺 「いらないよ!」 ポン引き 「良い子居るよ!安くしとくからさー!」 俺 「いらねー!っての。いる時は言うからさ!」 夕方になると、ポン引きが女の斡旋にやって来る。 そのポン引きのおっさんが、昔の日本軍との戦争当時の話をはじめ た。 広東語が少しわかるらしく、我々も漢字を紙に書きながら話をする。 少しは通じているようで、なかなか帰ろうとしない。 夕食後、ウイスキーを一本買い込んで会長の部屋に集まっ た。 雑談で時が過ぎて行く。 夜も深まってくると、雷をともなった雨が激しく降り出し、大きな音 をたて始めた。 この地方では、夜になると雨が多く降り、朝方になるとやんでいる。 今は、音楽を聞きながら、坂口安吾の”散る日本”を読んでいる。 旅に、文庫本を数冊持参してきたが、どうやらこの本で最後らしい。 日本に残してきた?彼女の写真を見ながら、彼女に出した手紙が届い ているだろうか?と思ったりもしながら、日本を思う。 * ”私の気持ちを、あなたに伝えて、良かったのでしょうか?便 りを書きたいと思うのは、ホームシックと言うやつなんでしょうか。書いた 結果が最悪な事になろうともそれはそれ。今私は自分に素直になろうとして いるだけなんです。このバンコックの大使館でもしかしたら、あなたに逢え るかも知れないと思うと胸が高鳴ってきます。あなたは、本当に返事を書い てくれましたか?あなたに対する思いがこんなに大きくなってきているの に、あなたとは遠ざかるばかり。愛する人と遠く離れることが自分達にとっ て一番悪い事と知りつつ、私は旅を続けています。いろんな人種の坩堝、汚 い街並み、・・・・・・いろんな、初めての出会いが何とか寂しさを紛らわ してくれています。これからはどんな旅になるのか検討もつかない状況で す。ここからは、仲間とも別れていよいよ一人の旅になります。かなり危険 な旅になるかも知れません。あなたに逢えるという確証はもうなくなるかも 知れません。あ~~~~~あ!でももう一度逢いたい!” ”・・・・・・・・・・・・。” ”日本を離れてから、まだ八日しかたっていないと言うの に、沖縄で四五日滞在したせいか、もう一ヶ月も放浪しているような錯覚に 陥ってしまいます。日本を発つとき、言葉なんて何とかなるさ!などと意気 軒昂だったのですが、今はなぜか、それほどの自信はわいてきません。それ もこれも今まで、会長の世話になりっぱなしだったからのような気がしま す。ここバンコックで、仲間たちと別れて初めて、私はやっと私の放浪の現 実を知ることになるのかも知れません。それまでは、仲間達と最後の晩餐を 楽しもうと思っています。” ”・・・・・・・・・・・・。” ”今同室には、会長の弟がいます。今頃、会長は日本へ送 る旅の原稿でも書いているのでしょう。私も何か書きたいと、ペンを取りジ ッ!と天井をボンヤリ見ていると、なぜかあなたの顔が浮かんできて、ペン は走りそうもありません。何ともだらしないことではありませんか。坂口安 吾も言っています。「人間は、人間たれ!」ッと。人間って、そんなに何も かもきちんとできるもんじゃあない。ごく自然に・・自然に、していればそ れで良いじゃないかと言っているように思えるのですが、間違っています か?私も私、それ以上でもないのですから。” ”・・・・・・・・・・・・・・。” ”何とも言えない静けさが、あたりを支配しています。朝 になれば、ここは再びバンコックの街に戻ります。小さい頃からの夢であっ た放浪をしている自分とあなたと一緒にいる自分、当分はこの二つの世界が 私を包み込んでいく事でしょう。あなたは今、何をしていますか?私のこと を少しでも思い出してくれているでしょうか?” ”・・・・・・・・・・・・・。” |